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東京地方裁判所 平成6年(ワ)18037号 判決 1995年12月13日

原告

株式会社丸玄

右代表者代表取締役

黒山景澤

右訴訟代理人弁護士

加藤晋介

被告

株式会社木下工務店

右代表者代表取締役

木下長志

右訴訟代理人弁護士

田中健一郎

小倉良弘

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し金一億一五〇〇万円及びこれに対する平成三年一〇月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実等

1  原告は、ローンズパルコの名称で貸金業を営む株式会社である(弁論の全趣旨。)。

被告は、建築及び土木工事の設計、施工、監理、請負等を業とする株式会社である。

訴外日常建設株式会社(以下「日常建設」という。)は、土木、建築の請負を業とする株式会社であり、入野俊橘(以下「入野」という。)はその代表取締役である。

2  日常建設は、平成二年九月一〇日、被告から、東京都日野市三沢九三六―一・二、九三八―二・三所在の三沢独身寮新築工事を次の約定で請け負った(以下「本件請負契約」という。)。

(一) 工期 平成二年八月三〇日から平成三年三月二五日まで

(二) 請負代金額

四億六三五〇万円

(三) 代金支払方法

(1) 契約成立時 一億三五〇〇万円

(2) 完成引渡時 三億二四〇〇万円

(金額につき乙第一号証)

(3) 完成引渡半年後 四五〇万円

3  被告は、平成二年一一月、別紙「工事代金受領承認願」なる書面(以下「本件書面」という。)に記名捺印し、入野に交付した。

4  日常建設は、本件請負工事を平成三年八月二八日完成し、被告に引き渡した(完成引渡日につき弁論の全趣旨。)。

5  被告と日常建設は、平成三年九月二日、工事施工途上における施主からの注文による追加工事代金を税込み一〇〇〇万円として工事代金総額を四億七三五〇万円とすること、工事遅延による損害金を一〇九五万一五七二円、被告の立替工事金を一四〇万円とし右両金額を工事代金額から差し引くことをいずれも合意し、右処理により被告が訴外会社に現実に支払うべき工事代金総額は四億六一一四万八四二八円となった。

被告は、日常建設に対し本件請負工事代金債権を次のとおり支払った。

(一) 平成二年九月一四日

契約成立時金 一億三五〇〇万円

(二) 平成三年三月二九日

中間金 六〇〇〇万円

(三) 平成三年五月一三日

中間金 一億五〇〇〇万円

(四) 平成三年七月三〇日

中間金 八〇〇〇万円

(五) 平成三年九月 二日

完成引渡金の一部 二〇〇〇万円

(六) 平成三年九月一七日

完成引渡金の残金及び追加工事代金

一六一四万八四二八円

(乙第二ないし第四号証、証人入野)。

6  日常建設は、平成三年九月三〇日及びその直後に手形不渡事故を起こして倒産した。

7  原告の取締役である大宮豊明は、日常建設の倒産直前である平成三年九月下旬ころ、被告に対し、本件書面があるが本件請負代金はどうなっているかとの話をしたところ、被告は既に日常建設に支払ずみである旨話し、原告に支払をしなかった。その後、本件訴訟に至るまで原告は被告に対し連絡、請求をしなかった。

二  争点

1  被告の本件書面への記名捺印により原被告間に代理受領関係が成立するか否か及び被告が本件請負代金を日常建設に支払ったことが原告に対する不法行為となるか否か。

2  本件請負代金債権につき消滅時効が成立するか否か。

右各争点に関する当事者の主張は次のとおりである。

(争点1について)

1  原告の主張

(一) 原告は、入野に対し、日常建設の資金として次のとおり金員を貸し渡した。

(1) 貸付年月日

平成二年一二月一四日

金額 五〇〇万円

弁済期 平成三年九月三〇日(請負工事完成後代金払渡時)

(2) 貸付年月日平成三年二月一二日

金額 一〇〇〇万円

弁済期 平成三年九月三〇日(同前)

(3) 貸付年月日平成三年二月一三日

金額 二〇〇〇万円

弁済期 平成三年九月三〇日(同前)

(4) 貸付年月日平成三年三月一三日

金額 二〇〇〇万円

弁済期 平成三年九月三〇日(同前)

(5) 貸付年月日平成三年三月二九日

金額 二〇〇〇万円

弁済期 平成三年九月三〇日(同前)

(6) 貸付年月日 平成三年七月一日

金額 三〇〇〇万円

弁済期 平成三年九月二日

(7) 貸付年月日平成三年八月一二日

金額 五〇〇万円

弁済期 平成三年九月三〇日(請負工事完成後代金払渡時)

(8) 貸付年月日平成三年八月一二日

金額 五〇〇万円

弁済期 平成三年九月三〇日(同前)

(二) 右貸付に際し、原告が担保を要求したところ、入野は本件請負代金のうち、完成引渡受領予定の三億二四〇〇万円中、二億円を原告に代理受領させることを約束し、工事資材、人件費高騰のおりから原告から二億円までの借入をし、工事続行費用にあてるため、完成引渡時の代金のうち二億円を必ず原告に払い渡してもらえるよう被告責任者に懇請し、本件書面に被告代表者の記名捺印を得、代理受領の承認を受けた。

(三) 被告は、右代理受領を承認したことにより、本件請負代金中二億円までが原告の日常建設に対する貸金債権の担保に入っていることを知りながら、右代金が支払ずみであるとして、原告からの代金支払請求に応じなかった。その後、日常建設が倒産したため、原告の右貸金債権は回収不能となった。

(四) 一般に大型建物の建築請負工事は、四会連合作成の標準契約約款に基づき請負代金債権には譲渡禁止特約が付されており、これによる制限を免れつつ請負代金債権を担保に建設資金、会社運営資金を調達するために考案されたのが代理受領という方式である。建築業界において「代理受領」は、請負代金債権を担保として金融を得る非典型担保として明確に認識されており、それ以外のものではあり得ない。まして本件書面のごとくその担保の極度額まで示されていれば、右請負代金を担保にいかほどの金員調達が見込まれるかは第三債務者である被告において一目瞭然に理解し得たはずである。

しかも、当時はバブル経済の末期で、建築資材・人件費とも異常に高騰していた時期であり、特に鉄骨の高騰と品不足から本件工事の引き受け手はなかった。本件工事の納期は迫り、他に請け手もない状態で、それにもかかわらず日常建設が本件工事を請け負ったのは、建設業界大手にあたる被告が今後も引き続き日常建設に対し建設工事の請負を発注するし、本件工事自体についても当時の異常な建築費・人件費の高騰から代金支払の繰り上げ、増額にも随時応ずる旨を告げたからに他ならない。本件請負契約に定められた契約時に引渡の一億三五〇〇万円の前払金のみでは工事続行が困難であることは、当時の状況からは当然の前提とされていたし、入野は被告担当者に対し日常建設の経営が苦しいことを話して代理受領を申し出たが、被告は右事情をも十分知ったうえで、納期に間に合う工事の円滑な着手と施工を確保するために、速やかに本件書面を交付した。

被告は、本件書面の記載のみでは原告と日常建設との間の取立委任ないし弁済受領契約が締結されたか否かは不確かであるとするが、取立委任ないし弁済受領契約自体には被告の関与は必要ではなく、被告は、本件のごとき譲渡禁止特約のある請負代金債権において代理受領の申出が担保の選定に他ならないことを十分知っていたし、右に述べた当時の経済情勢の中で、具体的極度額を示した本件書面を示されれば弁済制限を受け、あるいは請負代金増額に応じなければ、本件工事が到底完成に至らぬことを知っていた。

被告は、本件書面の存在では何ら支払制限を受けるものではないと主張するが、譲渡禁止特約のある本件のごとき請負代金債権の担保化を嫌悪するなら、被告は本件の代理受領を承認しなければ足りたにもかかわらず、単に現場監督者の承認にとどまらず、代表取締役印まで押印してこれを承認したこと自体、前記のとおり納期が切迫し、他に請け手がない中で日常建設の金融の便を図ってでも受注、着工せざるを得なかった事情を物語っている。

(五) よって、原告は、不法行為に基づく損害賠償請求として、被告に対し金一億一五〇〇万円及びこれに対する平成三年一〇月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める。

2  被告の主張

次に述べるとおり、本件書面は代理受領の事前承認にすぎず、日常建設、原告、被告間に代理受領の法律関係を生じるものではなく、被告の日常建設に対する本件請負工事代金の支払を何ら制限するものではない。したがって被告の日常建設に対する本件請負工事代金の支払は原告に対する不法行為を構成しない。

(一) 日常建設の代表取締役である入野は、平成二年一一月、被告の担当者金原吉宏(以下「金原」という。)に対し、融資を受ける関係で本件請負工事代金の一部について原告の代理受領を認めてほしいとの要請をした。金原は、被告として検討し、日常建設と原告との連名の印鑑証明書付正式関係書類(代理受領申入書、代理受領委任状)を提出してもらえば認める旨返答した。ところが、入野は、とりあえず代理受領を認める(正式の申入れがあればこれを認めるとの趣旨で)という書面だけでも早急に欲しいと要請し、文書については被告において作成してほしいというので、金原が本件書面の文案を考案し入野に示したところ、これでよいというので本件書面に日常建設が記名捺印した後、被告の記名捺印をして入野に交付した。本件書面の作成及び交付に際し、金原は、入野に対し、本件書面は正式の代理受領に関する書類ではないから、日常建設及び原告が代理受領を現実に希望するときは、訴外会社及び原告の連名で振込先銀行口座をも記載した被告あての書類を作成し、両者の印鑑証明書を添付して提出するようにと指示、要請した。被告においては、本件書面作成当時、代理受領につき委任者、受任者連名の書類により処理していたので、金原は、本件においても日常建設、原告の連名による書類が提出され、これについての被告の承認印がない限り正式の代理受領の書類ではないと解していた。

入野も本件書面が右のような趣旨の書面であることを承知していたことは、本件書面作成後も、入野が本件請負代金の全額を当然のこととして日常建設に支払うよう求めたことから明らかである。

その後、日常建設から被告に対し金原が指示した代理受領に関する正式書類の提出はなく、平成三年九月下旬に至るまで原告から被告に対し一度も連絡がなかったため、被告はこの間日常建設ないしその関係者が原告から現実に借入をしたか否か、現実に本件請負工事代金債権について原告に取立の委任をしたか否か一切聞いていない。平成三年九月下旬に原告の取締役大宮豊明が被告に対し、本件書面があるが本件請負代金はどうなっているかとの話があったので、ことの経過を金原が説明して引き取ってもらったことがあったが、その後本件訴訟に至るまで原告からは何らの連絡も請求もなかった。

(二) 代理受領は、債権者と債務者間の債権取立委任契約と第三債務者のこれに対する承諾という方法によりされるところ、本件においては、そもそも原告と日常建設との間で、本件請負代金債権についての取立委任契約ないし弁済受領契約の締結が不確かであり担保設定が未了と解釈せざるをえないし、仮に右契約があったとしても、被告にはこれが不明であったから、本件において被告が原告との間で本件請負代金債権の支払について法的拘束を受けるとの趣旨で代理受領関係が生じていないことは明らかであり、被告の日常建設に対する支払が担保権侵害として損害賠償の対象となることはありえない。

(三) 本件の場合、代理受領について協議をしたのは、被告及び日常建設との間のみであり、原告は現実の交渉に関与しなかったのみならず、書面においても契約当事者の形では登場していない。本件書面については三面的契約であると解釈することはできず、第三者のためにする契約ないしその変形と解されるところ、第三者たる原告から契約の利益を享受する意思が表示される前に契約当事者である被告と日常建設との間で本件請負代金を直接支払うとの合意がされて処理されたのであるから、民法五三八条からして、被告の日常建設への支払が原告との間で違法となることはない。

(争点2について)

1  被告の主張

本件請負工事は、平成三年八月二八日までにはすべて終了し、日常建設から被告、被告から施主へと引き渡されている。請負工事代金の消滅時効期間は工事終了の時から進行するから(民法一七〇条二号ただし書)、日常建設の被告に対する本件請負代金債権は、平成六年八月二八日をもって消滅時効期間を経過しており、仮に被告が右代金を訴外会社に支払わないでいたとしても、訴外会社は右期日以降は被告が消滅時効の援用をする限り被告に対し同代金の請求ができない。そうであるとすれば、仮に被告の日常建設に対する本件請負代金債権の支払が原告に対する関係で違法であるとしても、右期日以降は、原告には法的保護に値すべき損害はないことに帰する。

2  原告の主張

(一) 民法一七〇条は「医師、産婆及び薬剤師の治術、勤労及び調剤」あるいは「技師、棟梁、請負人の工事」と規定しており、個人的な技能に立脚し、帳簿関係も不明確な零細自営業者の債権を前提とするものであるから、本件のような近代的な大規模建設土木機械を駆使し、帳簿関係も明確な会社法人間の請負契約には適用されず、むしろ商法五二二条所定の五年の消滅時効が適用されるというべきである。

(二) 仮にそうでないとしても、被告の時効援用は権利濫用として許されない。

第三  争点に対する判断

一  一般に第三債務者の代理受領に対する承認が、単に債権者の代理受領権限を承認するというにとどまらず、代理受領によって得られる債権者の利益を承認し、正当な理由がなく右利益を侵害しないという趣旨を包含すると解される場合には、代理受領を承認した第三債務者は右承認の趣旨に反し債権者の右利益を害することのないようにすべき義務があり、第三債務者が右義務に違反して債権者以外の者に弁済する等して債権者の右利益を害した場合には、債権者に対し不法行為に基づく損害賠償義務を負うと解される。

具体的に代理受領に対する承認が右のような趣旨を包含するというためには債務者が第三債務者に対して有する債権の弁済受領等を債権者に委任する旨の委任契約を結び、右委任契約につき債権者と債務者間において、①委任者は受任者の同意なしに委任を解除しないこと、②弁済の受領は受任者だけが行い、委任者は受領しないこと等の特約をしたうえで、第三債務者が右特約を含む委任契約を承諾することが必要であるというべきである。

二  これを本件についてみるに、証拠(甲第二号証の一ないし八、第三号証、乙第二ないし第四号証、証人入野)及び弁論の全趣旨によれば、

1  本件書面においては、日常建設が被告に対し、本件請負代金のうち二億円を日常建設に代わり原告が代理受領することの承認を依頼し、被告がこれを了承したとの記載と日常建設及び被告の記名捺印があるのみで、日常建設の原告に対する委任内容についての記載や原告の記名捺印がなく、本件書面以外に原告と日常建設との間で本件請負契約代金の代理受領についての委任契約に関する書面は作成されていないこと、

2  本件書面は、原告の要請を受けた入野が、被告に対し原告が日常建設に代わって本件請負工事代金を受け取ることの承認を依頼し、右依頼に基づき被告側で本件書面を作成して入野に交付したものであること、

3  入野はこれまで代理受領の手続をとったことがなく、代理受領のためにいかなる書類が必要であるかわからなかったこと、

4  原告は本件請負代金の代理受領につき直接被告と交渉したことはなく、本件書面の記載内容の決定に全く関与していないこと、

5  入野は、本件書面作成後平成二年一二月から平成三年八月にかけて原告から八回にわたり合計一億一五〇〇万円を借り受けたが、この間被告に要請して平成三年三月二九日に六〇〇〇万円、同年五月一三日に一億五〇〇〇万円、同年七月三〇日に八〇〇〇万円の本件請負代金の前払を受け、更に平成三年九月二日に被告との間で本件請負代金の精算につき合意し、右合意に基づき同日二〇〇〇万円、同月一七日に本件請負代金残金一六一四万八四二八円の支払を受けたこと、

6  入野は、右代金を日常建設が受領することについて何ら原告に相談、連絡をしなかったこと

が認められる。

右に認定した、本件書面の体裁や作成経緯、その後の入野の行動等に照らすと、原告と日常建設との間で本件請負代金の受領に関し、原告のみが受領を行い、日常建設が受領しないといった具体的な話合いや合意があったとは認められず、本件書面での了承により被告が原告にのみ支払うという弁済制限効を受けることを承認したと認めることもできない。原告としては、右のような弁済制限効を欲するのであれば、その趣旨を明示した書面を取り交わすか、書面にその旨の明示がない場合には、自ら第三債務者と交渉するなり、債務者に右の趣旨を確認するなりして第三債務者に右趣旨を明確に伝える措置を講ずるべきであったのであり、この点において本件における原告の措置は不十分であったといわざるをえない。

原告は、被告が、請負代金債権の代理受領の申出が担保の設定にほかならず、右に対する承認により弁済制限を受けることを知っていた旨主張するが、証拠(乙第五号証の一、二、第六号証)によれば、被告においては右支払制限を受ける代理受領関係を成立させる場合には、委任者、受任者連署のうえ振込先口座を記載し、委任者本人に支払うことなく受任者の指定する口座に支払われたい旨の記載のある「代理受領委任状」を作成する方法によっていたことが認められ、右事実に照らすと本件書面を作成したことから直ちに被告が弁済制限を受けると考えていたとは認められない。また、前記争いのない事実によれば、原告自身、被告に対しては平成三年九月ころ本件請負代金について問い合わせたのみで、その後平成六年の本件訴訟提起に至るまで、被告に何ら請求をしていなかったことからみて、本件書面により、右のような弁済制限効が発生しているとまで認識していたかどうか極めて疑わしい。したがって、原告の右主張は失当である。

以上によれば、被告の本件書面での承認は原告の担保的利益を承認し、これを侵害しないとの趣旨を包含すると解することはできず、被告が日常建設に本件請負代金を支払ったことが原告に対する不法行為を構成するということはできない。

三  よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

(裁判官阿部正幸)

別紙<省略>

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